1年ぼうず

眞野 義行

 cres.mano0505@gmail.com

 TEL:090-9364-7172

f:id:crescentmano:20190409191408j:plain

   f:id:crescentmano:20190409231233j:plain

 「昨日、東京で、母が買ってきたコップを壊しちゃった。」

 とにかく日本語は、話題になる「そのもの」よりも、状況から話します。最後まで聞いて初めて、「あぁ、コップの話か」とわかります。

 しかも、たいていの場合、主語がありません。

 英語ではこうです。

 " I broke a cup my mother bought in Tokyo yesterday.”

 「私は 壊した コップを 私の母が 買った 東京で 昨日。」

 このように、英語と日本語とでは、語順の並びが全く違うことがわかりますね。

 でもこれは「語順の並びの違い」というよりは「考え方の違い」と言った方がいいかもしれません。

 森を遠くから眺めてだんだん近寄って、生えている木を確認する日本人。

 どんな木が生えているのか確認してから、森を見る英語人(変な言葉・・・)。

 これが、会話の中にも出てしまいます。

 まわりの気持ちや気配を読みながら、発言しようとする日本人。

 まず自分の考えを述べてから、相手に意見を求める、英語人。

 「私はあなたの考えに、ーーーーーーーーーーーーーーーー賛成です」

 「私はあなたの考えに、ーーーーーーーーーーーーーーーー賛成できません」

 最後の最後に、結論をひっくり返すことができる日本語。

 それはまさに、集団で生きていくことが当たり前の、日本人ならではの発想。それが、「忖度」という奥深い言葉を生み出す要因ではありますが、いつもそれでは、だめなんです。

 ちゃんと、自分の考えを述べなければ。

 だから私は、次のテーマで子どもたちに英語を教えてきました。

 玉中では「No と言える日本人」。

 そこから" Sharing Ideas "(意見の共有)へとつなぎました。

 成中では" Sharing Ideas "  から " Debate " につなげました。

 堂々と「 No と言いなさい!」

 でも、きちんと反対する理由を言いなさい。

 ニヤニヤしながらうなずいているだけの日本人になるな!と。

 反対する理由を英語で考えることに意味があるのです。

 なるほど、意見を言わないと言うことは、誰からも非難される心配がない、ということです。精神的に楽ですね。

 一方、意見を言うということは、時には勇気がいるし、反対されたらどうしようという不安もあります。

 せっかく発言した自分の考えが否定されるのは、ちょっと傷つきもします。ラインで文句や悪口を書かれたら嫌だし。

 しかも最近は、赤の他人が、おもしろがって、否定のための否定や、根拠のないクレームで、その人を攻撃するということもあります(匿名で)。

 フェイク動画なども出てきて、一体世界はどうなってしまっているのだろう?と、考え込んでしまします。

 私が生きた「昭和」の時代には考えられないことです。

 SNS の普及は、圧倒的に人との距離を縮めましたが、

 心の距離を、とても離れたものにしてしまったと思います。

      
 私は切に思います。若者には、きちんと意見の前に「私」という主語を入れて、まず自分の考えを他の人に伝えられる人間に成長してほしい、と。
  

 話がそれました。

会話」という字は「って」と書くのです。

 君たちが英語の時間にしつこく言われた「アイコンタクト」は、正しく会話を成立させるために、必要不可欠なものです。

 相手の目をちゃんと見て、きちんとお互いの意見を交換する

 これは、本当に大切なことなのです。

 私は、君たちが英語で学んだ考え方を、日本語に逆輸入して、自分の意見を言える大人に成長してほしいです。

 議論の時は、きちんとお互いの考えを言い合い、でも、その後は、さらっとまたつき合える、そんな人間関係を作ってほしいです。

  f:id:crescentmano:20190409224856j:plain